日英同時開示の義務化。「同時に」をどのようにして実現するか?
東京証券取引所は、2024年2月26日、プライム市場の上場企業に対して、2025年4月から決算情報や適時開示情報の日本語と英語の同時開示を義務付けることを発表しました。
制度のポイントは以下の通りです。
(1) 「決算情報」と「適時開示情報」の日英同時開示を2025年4月1日の開示から開始する。
(2) 適時開示について日本語の開示内容の一部又は概要のみ英語により開示することも可能。
(3) また書面を提出すれば1年間の猶予が認められる。
(4) 英文開示はあくまで日本語開示の参考訳であるという位置付けから内容の正確性は規則違反に対する措置の対象外。
この義務化の目的は、海外投資家との対話の促進や、投資家が情報を得やすくし、透明性を高めることにあり、また、海外投資家が判断しやすい環境を整えることで、幅広い投資資金を呼び込むことがねらいであるとされています。
*参照: 株式会社東京証券取引所「プライム市場における英文開示の拡充に向けた上場制度の整備の概要」
この情報は、翻訳の国際規格ISO17100の認証取得会社、株式会社インパートナーシップが発信しております。翻訳に関してのご相談はこちらまで https://in8107.com/contact/
発表によりますと、現在のところ日英同時公開の対象となる資料は、決算情報と適時開示情報です。有価証券報告書やコーポレートガバナンス報告書、IR 説明会資料、株主総会招集通知など、その他の対象書類の義務付けについては継続検討とされています。全書類、全文の日英同時開示が望ましいが、日本語での開示内容の一部や概要を英語で開示することも可能とされています。
私たち翻訳会社には迅速かつ高精度の翻訳対応が求められます。このようにプライム市場の上場企業に求められる日英同時開示に対して、クライアント企業と私たち翻訳会社はどのように連携を取って応えてゆかなければならないのか、翻訳を専業とする会社の立場から、IR文書の日英同時公開を実現するための、現在考えられる具体策をご説明したいと思います。
1. 体制を作る(クライアント様毎に専門翻訳チームを成)
企業の財務や金融に特化した経験豊かな翻訳者チームを編成し、即時対応ができる体制を整えます。これにより、翻訳の質を確保しつつ、短期間での同時開示を実現します。
その実現には、事前に定められた用語集やスタイルガイドを準備する必要があります。例えば株主向け報告書やプレスリリースなど、頻繁に使われるフレーズや専門用語等を用語集にまとめ、スタイルガイドを作成しておきます。これにより、一貫性のある翻訳が可能になるだけでなく、作業効率も向上します。
2. MTPE(Machine Translation Post Editing)の活用
いわゆる機械翻訳(AI翻訳)と人間による編集という手段。高度な機械翻訳、例えばAI翻訳を使用し、効率的に翻訳のベースを生成します。AI翻訳が高度になったとは言え、誤訳、訳出モレ、訳語の不統一は免れません。そのため、翻訳ベースを生成後、翻訳者が編集を行うことで、金融用語や専門用語の正確性を担保しながらも、スピードを重視する翻訳が可能になります。作業プロセスは以下のように考えられます。
(1) 日本語原稿入稿
(2) 事前原稿作成(テンプレート、用語集、対訳表活用)AI翻訳(翻訳ベース作成)
(3) ネイティブ翻訳者による翻訳チェック
(4) プロジェクトマネージャーによる最終チェック
ただし、これまで、その企業が使用してきた英語のスタイルや用語や同じ言い回しの統一を確実に図ることは難しいと思われますので、それをご了承いただける場合に限ります。
3. CATツール(Computer-Assisted Translation tool)の利用
CATツール(翻訳支援ツール)やクラウドベースの翻訳管理システムを利用し、翻訳作業を効率化する方法があります。翻訳支援ツールの主な機能は、翻訳メモリ、機械翻訳、用語集、品質チェック等です。これらの機能を活用することで、翻訳作業の効率と訳文の品質が向上します。リアルタイムでの進捗管理が可能になり、同時開示の厳しいスケジュールに対応できます。
過去の翻訳データを、最大限に活用します。例えば決算短信について言えば、新規事業分野への展開等よほどの出来事がな無い限り、スタイルや用語も毎回それほど大きく変わるものではありません。
作成する手間はかかりますが、用語集や対訳表の作成やテンプレート化を事前に作成しておきましょう。長い目で見れば効率的です。
決算短信は、毎回数字が異なっているだけで、書式が全く一緒という部分も多く、テンプレート化して、フォーマットを予め作成しておくことがスペードアップ及び効率化に繋がります。
ただし、これを実行するには過去に翻訳した原文と訳文のペアが保存されているデータベースTM(Translation Memory)を作成する必要があります。データー量が多ければ多いほど品質が向上します。ただし、TMのほか、用語集、品質チェック条件など、管理が必要となるデータが増え工数も増えますため、一気に積み上げることは不可能です。
そこまでしても、これまでのやり方を凌ぐ品質には届きません。CATツールを持ってしても、これまでの品質が保たれるようになるまでは、時間をかけて少しづつデータを積み重ねてゆくことに尽きます。
結論
私たち翻訳会社が、これから成すべきは、これまで述べた、機械翻訳(AI翻訳)やCATツールを駆使してのスピードアップと品質の保持です。
翻訳会社が最新の技術や専門チームの体制を編成することで、正確かつ効率的に日英同時開示の要件を満たすことが可能となってくると思われますが、現実的には、最新の技術が、あるいは体制が一朝一夕に作れるわけではなく、まだまだ研究の余地があると考えています。しかしながら、最初の一歩を踏み出さなければ、いつまで経っても同じ所に立ち尽くすしかありません。今、私たち翻訳会社は一歩、二歩と踏み出す「時」なのだと感じています。
一方、私たち翻訳する側が体制を整えると同時にクライアント様側も和文版を早く作成する体制を整える必要があります。
例えば、原稿の引き渡しも最終的な確定版ができてからではなく「部分的な確定原稿」から支給いただくなど、クライアント様と私たち翻訳会社が一体となり事にあたるチームワークが重要になってくると考えます。どの翻訳会社に発注するかではなく、どの翻訳会社となら共に仕事を運んでゆけるチームワークが取れるかが大事なことだと考えます。
*インパートナーシップは、これまで5000件以上の財務翻訳および多言語翻訳のプロジェクトの実績があります。様々な翻訳のご相談に対応できる精通した優秀なスタッフを取り揃えておりますので、お困りの際には、お気軽にインパートナーシップにご相談ください。https://in8107.com/contact/